2010年4月23日金曜日

ネオアカの数値目標

ネオアカは「売れる」ことを第一目標としてはいません。しかし、読者がまったく要らないというわけでもありません。おそらく、ネオアカのようなスタイルは多くの人に受け入れられるとは思いません。おそらく、かなりの少数派です。

そういうわけでネオアカの読者数の目標としては、

1000人!!!

を目標にしています!

ちょっと高過ぎる目標かもしれませんが、あくまで最終目標です。目標は高いほど良いと言いますしね。ただし、これはあくまで副次的な目標に過ぎません。極端なことを言えば、

ネオアカはたとえ一人の読者がいなくても


我が道を貫くことを良し!!!

と考えています。

2010年4月22日木曜日

ネオアカの政治的立場

ネオアカの政治的立場について語っておこうと思います。

まず、ネオアカは右でも左でもありません。政治に対して無関心でもありません。政治に対して、とても関心があります。税金を払っていますし、社会の一員として社会に参加しているからです。もちろん、一方でアナーキズムな超個人主義的なところもあるので、政治に対してニヒルな面も持ち合わせているかもしれませんが(笑)、右だの左だのの旧来のイデオロギーに囚われもしなければ、ノンポリのように政治に対して子供のような無関心な態度を取るつもりもありません。責任ある大人として政治に関心を持っています。

仮に、主義主張を上げるとすれば、それは

民主主義

です。イメージしている民主主義はけっこう『銀河英雄伝説』を参考にしています。まあ、そればかりじゃありませんが。全体主義や帝国主義には反対の立場をとっています。

2010年4月3日土曜日

ネオアカの方針 その3

ネオアカのポジションについての私の考えを雑談風に考えてみようと思います。

1.指標としての東浩紀
ネオアカのポジションを考えるときに、東浩紀氏のコンテクチュアを指標に考えると明瞭になってきます。というのは、東浩紀のコンテクチュアは、まず第一に「売れる」ということを重視していると思うからです。それ自体は別に悪いことではありません。もちろん、「売れる」ことだけではなしに「正しさ」も同時に成立させることを目指していると思います。「売れさえすれば何でもいい」というわけではなくて、「売れる」と同時に「正しい」という積集合を達成しようとしているのだと思います。ただ、優先順位としては、おそらく、まず「売れる」ということが第一で「正しさ」は第二になっていると思います。また、東浩紀は単に「売れる」ということをスローガンとして掲げているだけではなしに、明確に数値目標として考えています。東浩紀は今までもその目標を明確に数値化しており、1万人の購読者がつくことをその数値目標にしています。コンテクチュアが、実際、どのくらいの数値目標を掲げているのかは分かりませんが、東浩紀は明確な数値目標を持っていると思います。

2.売れるから正しいのか?
さて、ここからはそういった体制に対する懸念について述べます。まず、「売れる」と「正しい」が同時に成り立っている間はまったく問題はありません。ですが、「売れる」ために「正しさ」を犠牲にするようなことがあるとそれは問題です。ただし、ここで勘違いしてはいけないのが、そのような懸念があるなら、最初から「売れる」ことを目的に入れるべきではないという考え方です。しかし、そんなことを言えば、何もできなくなってしまいます。売れなければ、市場では存続できませんからね。国立大学のような公的機関ではないのだから、「売れる」ことはどうしても考慮しなければなりません。だから、売れようと努力すること自体を批判するのはちょっとおかしいと思います。まあ、今どき、それを批判する人はほとんどいないと思いますが・・・。だが、どうしても売れなければ存続できないために、「正しさ」よりも「売れる」ことを優先しやすい。だからこそ、そういったことに注意が必要だと思います。

3.正しいから正しい
そこで、ネオアカはまず第一に「正しいから、正しい」という「正しさ」を第一に考えています。「売れる」ことよりも「正しさ」の方を遥かに重く重視しています。ネオアカの体制を見れば分かりますが、「売れる」ために読者に媚を売ることをしていませんし、コストも極力掛けていません。コストを掛けないことを手抜きと思われるかもしれませんが、今はフリーで用意できる物が多いので、言葉を専門とする批評誌はコストを掛けずとも、そこそこ良質のものができると思います。それにそもそも批評誌で最も大事なものは言葉です。極端に言えば、言葉以外の見せかけの飾りは必要ないと思っています。そんな訳ですから、ネオアカは「売れる」ために「正しさ」を犠牲にするということが起こりにくい体制になっています。

4.正しいとは何か?
ただし、ここで次のような問いが発せられると思います。「正しさとは何のか?単なるおまえの独りよがりではないのか?」という問いがあると思います。確かに「売れるから、正しい」や「多くの人が支持するから、正しい」というのは分かりやすいです。なぜなら、売れた数や支持している人数など数値で明確に示されるからです。ですが、本当にそうでしょうか?当然、答えはノーです。売れたから必ずしも正しいわけではないし、支持する人が多いから必ず正しいわけでもありません。では、何が正しいというのか?「◯◯だから、正しい」という◯◯に当てはまる部分はその時々によって変わると思います。数が多いからという単純な理由で説明できるものではないと思います。逆に言えば、だからこそ、ネオアカが言葉を紡いで「正しさ」を述べる意味があると思うのです。つまり、ネオアカは正しさを追求しており、それはネオアカを読んでもらって、後はネオアカの主張が正しいか間違っているかは読者が各自で判断してもらうしかないと思っています。ですので、ネオアカの存在意義のひとつはそこにあります。

これがネオアカの考える公平批評・攻性批評です。

補足
「売れる」ということについて少し補足しておきます。「売れる」ということは「面白い」や「楽しい」がなければ売れません。この「面白い」や「楽しい」は言ってみれば、文化ですよね。だから、「売れる」ものを作るというのは文化を作るのに似ています。ですから、「売れる」ものを作るのは一種の文化活動みたいなものだと思います。だから、決して「売れる」ことを目指すのは基本的には悪いことでもないし、文化の停滞を招くものでもないでしょう。(市場で商品が売れるのは社会的な価値があるからですからね。)

2010年4月2日金曜日

ネオアカの方針 その2

ネオアカのいう人類知の構築は、乱暴に単純化して言えば、

世界的な教養を構築する

ことです。

いまや世界はネットやグローバリゼーションという国際分業によって1つになりました。しかし、未だに世界の知は言語や文化の違いやその国の教育政策によって分断されたままです。そこで、ネオアカは世界の知の積集合として世界全体・地球全体・人類全体で通用する人類知の構築を目指しています。ただし、世界の知をたった1つにまとめようと言うのではありません。多様性を保ちつつも、1つの共通項を提示できればと考えています。多様性の部分はそれぞれの知の拠点で強化すれば良いと考えており、それだからこそ、多様な知の拠点が存在する意義もあるのだと思っています。

また、今、世界は知の後退局面にあります。世界中をテクノロジーが覆い、文明社会が浸透してきたのに、知はアカデミズムからも追われ、大衆においては知は生活の中から忘れ去られようとしています。このままでは知は大きな断絶を向かえてしまいます。ネオアカは知が少しでも多くのひとに継承されるように努めたいと考えています。

2010年4月1日木曜日

ネオアカの方針 その1

最初ですので、ネオアカの方針について簡単に書いておこうと思います。まず、ネオアカがやろうとしていることは何かを説明します。ネオアカが実現しようとしていることです。ネオアカの主なミッションは全部で3つあります。1つめは人類知の構築です。これがネオアカの主たるミッションになります。2つめは公平な批評です。ネオアカでは市場や国家に左右されない公平な批評を目指しています。3つめは知のネットワーク作りです。これはネオアカ以外の知の拠点との連携です。以下、各ミッションの説明です。

1.新しい知の構築
ネオアカは世界から知がアカデミズムや社会から消滅の危機にあると考えています。同時にネットの出現によって世界はかつてないほどにグローバル化したと考えています。ネオアカはアカデミズムの外部に知の拠点を作ることで知の存続を図り、同時に世界のグルーバル化に対応できる新しい知の構築を目指しています。

2.公平批評
批評は市場や国家の影響にさらされています。売るために批評が歪められている場合があります。ネオアカは公平な批評を模索しています。

3.知の拠点とネットワークの構築
ネオアカは現代という知にとって経済的に厳しい時代に人類の知の系譜が途絶えないように知の拠点を構築して、その拠点をネットワークで繋ぐことによって、知の継承が途絶えないようにすることを目指しています。

詳しくは下記のネオアカのミッションとプロジェクトを読んでいただければと思います。
http://www.neoaca.com/mission1
http://www.neoaca.com/project

さて、ネオアカは以上のようなミッションを掲げ、プロジェクトによってミッションを具体化してゆきます。その中で雑誌の役割としては、新しい知の論文や公平な批評を掲載してゆきます。また、ネオアカの各プロジェクトも雑誌外で進行していますが、雑誌でも途中経過など随時発表してゆくことになると思います。以上がネオアカがやろうとしていることです。