10月1日(木)
酷いね。
10月5日(月)
大変参考になった。
凄い時代になった。
10月6日(火)
ふむ。
AIが人間よりもあらゆる点で優れているとしても、ラジオパーソナリティをAIに置き換えるのは良くないと思う。人間の雇用を奪うことになるからだ。中国では既にAIでドラマを製作していると聞く。私はそれにも反対だ。 AIがあらゆる面で人間の俳優よりも優れているとしても、やはり反対だ。やはり理由は雇用を奪うからだ。そして、それは人間が学習する機会を奪うし、さらにヒトからヒトへ伝えられる伝承が断絶する。ただ、アニメの場合は微妙になってくる。コマとコマの間をつなぐ部分をAIが補助するからだ。しかし、全編AIが製作するのはどうかと思うが、原作が漫画で漫画家が自作を全編AIで作ったりしたらどうなのか?いろいろ考えさせられる。
10月7日(水)
米軍基地がある限り、この種の事件は無くならない。
10月9日(金)
選挙で大勝しているから、非難されても平気なんでしょうなあ。
10月12日(月)
中道も分裂したし、野党といっても保守もいるわけだし、この転換は当然の結果だと思う。問題は日本のリベラルが減少していることだ。その原因は有権者のレベルが低いことにある。こればっかりはどうしようもないのかもしれない。
10月13日(火)
これはどうなんだろう?これで良いのだろうか?悩む。
仕方ないと思う。逆にここまでよく保ったなあと思う。
10月14日(水)
自民党も劣化したなあ。
10月15日(木)
これってどうなんだろう? オープンソースといえばオープンソースなんだが・・・。
10月16日(金)
彼は楽しそうなんだが・・・。
10月17日(土)
トランプ政権の杜撰さが凄い。
さすがにAIってヤバくね?って思うようになってきた。一方でトランプ政権にしろ高市政権にしろ劣化が激しい。そして、彼らが目指しているのはプーチンや習近平のような権威主義体制なんだろう。トランプや高市を支持するのは、かつてヒトラーやスターリンを支持していた大衆と似ているのだろうと思う。ヤバい時代になってきた。
10月19日(月)
日本が原発にこだわるのは本当に無意味だし有害だしリスクが高いと思う。
10月24日(土)
おそらく、高市首相は外交が苦手なんだと思う。彼女自身が政策の議論ができる能力が無いのを自覚しているのだと思う。 だから単純に欠席したのだと思う。「働いて働いて働く」とか言っても口だけなんだよね。まあ、口だけの人が言いそうな発言だしね。勉強で忙しいとか言っても、勉強が間に合ってないのだと思う。石破とか普段から政策の勉強をしてたけど、高市はあんまり勉強してこなかったのだと思う。まあ、でも彼女は国民の人気はあるんだよね。結局、国民が政治的に愚かなんだという話になる。
Netflixドラマ『ディプロマット』シーズン4を見た。まあ、面白かった。実は気分的にはちょっと中だるみしてたんだけど、 シーズン4で自分の中で整合性がとれた。このドラマの始まりは英国空母に対する爆撃から始まり、ドラマはケイトが副大統領候補としてまず英国大使を務めて修行するという話でドラマが展開する。ところが、英空母に爆撃をした黒幕は更迭されるはずのペン副大統領だった。そして、レイバーン大統領が急逝して、急遽、ペン副大統領が大統領に昇格する。その危険人物・ペン大統領が今度は英国に軍艦を派遣するとG7で宣言する。大統領を支えてきたケイトたちはこれ以上彼女に従えないと公の場で辞表を叩きつけるというのがシーズン4の結末だった。そもそも、なぜペン副大統領は英空母を爆撃したかというと、スコットランドにある核兵器保有の海軍基地を存続させるためだった。ロシアに対する安全保障政策の一環だった。今回の米国軍艦の派遣もロシアに対抗するための施策であり、英国には米国との同盟か、否かを迫るものだった。まあ、かなり荒削りで乱暴な話ではあるが。実際、こんなに乱暴な話は現実的ではない。ただ、現実のトランプ政権を見ていると、トランプの方がもっといい加減で乱暴なので、トランプ政権の方が現実的ではないように感じられるが。とにかく、黒幕がこれでハッキリした。シーズン1では黒幕として英首相が疑われたが、彼はシーズン4で失脚してしまう。このドラマを面白くしたのは間違いなく彼だった。彼がいなくなるのは寂しい。シーズン5がどうなるかは、実は私の中では、あまり期待していない。シーズン4で終わりでも良いかもしれないとさえ思っている。ドラマは視聴者を引きつけようとするために、何かとゴチャゴチャと複雑にするきらいがある。また、ドラマをドラマチックに展開しようとするあまり、あり得ない変な振る舞いを描いたりする。それらはまるで誘拐犯からの電話を警察が逆探知するために引き延ばそうとするかのような動きだ。確かに「現実は小説より奇なり」というから予想外なことも多いだろうし、現実の話は複雑だろうとも思う。でも、それに付き合わされる視聴者は時間を浪費している感覚になる。結局、ドラマ製作者は物語の完成度より視聴時間の引き延ばしを優先する。(日本のマンガ週刊誌がそれと同じだった。)結局、視聴者自身がどこかで区切りをつけるしかないのかもしれない。
ところで、私はこれまで自分を天皇制廃止論者と言ってきたが、共和主義者だと言い換えようかと思っている。そして、天皇を国家元首にしようとしている保守派を王党派と呼ぼうかと思っている。ちなみに、日本の保守派は、院政や摂関政治など昔からそうだが、天皇を担ぎ上げて、実権は自分たちが握るという二重権力構造を目論んでいる輩が大半である。そういう輩は正々堂々と議論して正論をたたかわせて意思決定するというのができないのだ。とにかく、自分たちの意見を押し通したいが理屈では負ける。そこで虎の威をかる狐の如く天皇の御威光を盾に自分の意見を押し通そうとする。 王党派とはそういう卑怯で卑屈な連中ばかりなのだ。
先日、たまま保守派の論客の動画を見ていたら、「保守がベースにあって、その上にリベラルが成り立つ」とか言っていて驚いた。彼が言うには「土台に保守がなければ、リベラルも存在しえない」というのだ。そんなバカなと思った。まず、基本的に、私たちは日本人である前に人間である。人間であるという土台の上に、日本人という属性があるのだ。その逆ではない。リベラルはその「人間である」という土台を構築するものだ。その根幹をなすのが人権だ。人権は第二次世界大戦でナチスドイツが行ったユダヤ人虐殺の反省から生まれたものだと言っていい。ナチスドイツはユダヤ人を人間と見なさなかった。だから、動物を殺すようにユダヤ人を虐殺した。そういった反省から人権は生まれた。日本の保守派は人権を疎んじる傾向があるが、おそらくナチスドイツ的な嗜好が彼らの中には存在するのだろうと思う。実際、「保守という土台があってリベラルが存在する」というロジックもそれに通じている。非常に危険な考え方だというのが彼らには分かっていない。あるいは、分かっていて隠しているのかもしれない。 だから、保守派が「土台に保守があって、その上にリベラルがある」とか言ったら、「それは間違いだ」と指摘すべきだと思う。まず、私たちは日本人である前に人間である、と。





