今回は前間孝則の『技術者たちの敗戦』を取り上げます。
まず、著者の前間孝則氏はノンフィクション作家で主に日本の主要産業の技術開発史を扱った著書を数多く書かれている方です。前間氏自身も元は石川島播磨重工の航空宇宙事業本部の技術開発事業部でジェットエンジンの設計を20年間やっておられたそうです。そういった点では技術に関してもけっこう深いところまで理解できる書き手であり、技術開発史を研究するのにはもってこいの人物ではないかと思います。しかも本書によるとかなりの本好きで読みたい本を徹夜で読み耽って翌日はとろんとした目つきで会社に出社したり会社を休んだりしたそうで(笑)、技術者としては珍しく文科系的な読書人なところもあるようです。そんな前間氏のこの著書は氏のこれまでの技術開発史に関する数々の著作物の要約といった趣きの著書ではないかと思います。ところで世間では零戦の設計者である堀越二郎を主人公とした宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』が大ヒットしています。それと合わせてこの本を読んでみると、より一層日本がいかにして技術大国になりえたかというのが分かってくるかと思います。そういった戦後の日本の経済的繁栄をもたらした日本の技術開発史を知るために、この本を入り口にして前間氏の一連の著作を読まれることを強くお薦めします。
さて、最初にこの本の帯文と表紙カバーの文を紹介しておきましょう。
まず、著者の前間孝則氏はノンフィクション作家で主に日本の主要産業の技術開発史を扱った著書を数多く書かれている方です。前間氏自身も元は石川島播磨重工の航空宇宙事業本部の技術開発事業部でジェットエンジンの設計を20年間やっておられたそうです。そういった点では技術に関してもけっこう深いところまで理解できる書き手であり、技術開発史を研究するのにはもってこいの人物ではないかと思います。しかも本書によるとかなりの本好きで読みたい本を徹夜で読み耽って翌日はとろんとした目つきで会社に出社したり会社を休んだりしたそうで(笑)、技術者としては珍しく文科系的な読書人なところもあるようです。そんな前間氏のこの著書は氏のこれまでの技術開発史に関する数々の著作物の要約といった趣きの著書ではないかと思います。ところで世間では零戦の設計者である堀越二郎を主人公とした宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』が大ヒットしています。それと合わせてこの本を読んでみると、より一層日本がいかにして技術大国になりえたかというのが分かってくるかと思います。そういった戦後の日本の経済的繁栄をもたらした日本の技術開発史を知るために、この本を入り口にして前間氏の一連の著作を読まれることを強くお薦めします。
さて、最初にこの本の帯文と表紙カバーの文を紹介しておきましょう。
日本の戦後復興の原動力となった20代~30代の技術者たちはどのように敗戦を迎え、廃墟から立ち直ったのか? 引用:『技術者たちの敗戦』
驚くべきことに、戦時中の技術開発は20代から30代の若手技術者によって行われた。彼らは情報遮断と原材料の不足など極めて厳しい状況のなかで、開発に熱中し、破れたりとはいえ、多くの成果を成し遂げたのである。戦後、GHQによって航空が禁止されたため、航空機産業の多くの技術者は自動車産業に移り、今日、アメリカをも脅かすようになった自動車産業の基礎をつくりあげた。また、国鉄の技師、島秀雄は、材料がなくなり、機関車がつくれなくなった戦争末期、将来を見据え、電車のブレーキ、台車、パンタグラフなどの研究を部下に命じたのだった。これが後に、新幹線の開発へと開花していく。この技術者たちの不屈の物語はこれからの日本の進むべき道に大きな示唆を与えるはずである。 引用:『技術者たちの敗戦』これらの文章からも分かるようにこの本では戦前生まれの日本の技術者たちが戦時中にどのように技術開発に取り組み、そして戦後どのように活躍していったかを簡潔に描いたノンフィクションです。この本で取り上げられている技術者は全部で6人で、零戦の堀越二郎と曾根嘉年、新幹線の島秀雄、石川島播磨重工の真藤恒、レーダー開発の緒方研二、ホンダの中村良夫です。本書を読んでみると彼らの生き様や人柄はそれぞれユニークで、いわゆる一般の実直でまじめ一筋の技術者像とはちょっと違った装いが感じられます。島秀雄などは大正ロマンの影響を受けて育ったためかかなり自由な気風が感じられますし、中村良夫は技術者であった一方で文芸同人誌を発刊したり、ドイツ人技術者たちのパーティではハイネの詩を暗誦したりと教養の高さというか文化程度の高さを感じます。ちなみに文化程度が高いというのは何も高尚であることを自慢するという意味ではなくて、自由で柔軟な思考の持ち主であり、それは合理的な思考でもあり、一方で人間性の豊かさをも兼ね備えていると私は考えています。特に雑誌『モーターファン』に掲載された彼の「告別の辞」はなかなかダダイスティックであり、前衛芸術の精神もよく理解していたのではないかと思わせます。戦時中の頭の固い日本の軍人たちとは大違いです。ただ、この本で取り上げられた技術者たちはある意味特殊なのかもしれません。彼らと違って日本の多くの技術者たちはやはりその道一筋的なお堅いひとが大多数の占めているのかもしれませんし、日本社会自体がそういった傾向が強いと思います。自由で柔軟な思考に欠けることがしばしばです。むしろ、当時の東大のようなエリート校や軍需産業の方が上司もさん付けで呼ぶなどかなり自由な気風があったようにさえ感じられます。また、この本で語られているB29のエピソードからも如何に日本が自由で柔軟かつ合理的な思考が欠けているかが伺えると思います。大切なのは大局を見据えた戦略的思考と柔軟で合理的な自由な思考なのではないでしょうか。
さて、この本ではいろいろな点で示唆に富んだ指摘がなされています。読者のみなさんは是非読んで確かめて下さい。私が印象に残った文をメモ代わりに少し取り上げておきます。
かつての航空技術者たちは、先の岡本のように、「航空機よりどのくらい技術程度を落として設計すればちょうどいいのかわからなかった」という。その頃、自動車に求められていた水準はかなり低かったので、航空機のセンスで設計すると、あまりに上等なものができて過剰品質になり、値段がベラボウに高くなるのだった。
先の米戦略爆撃調査団のレポートを踏まえつつまとめられたアメリカの「第二次大戦と科学技術」と題するレポートでは次のように結論づけられている。「1945年の時点の日本のレーダー研究は、イギリスおよびアメリカに3~4年の遅れがあったと考えられる。日本はマグネトロン(磁電管)の設計においてオリジナリティを発揮したが、陸海共別々に製作しており、その製品性能は米英のものに比して劣っていた。(中略)結論として、日本の新兵器開発に関する戦時研究体制に学ぶべきものは、ほとんど無い」最後に日本の近代史に関していうと、やや本道から外れたルートかもしれませんが、日本の近代史に関する研究では、主に明治維新から戦時中までを描いた山口昌男の歴史三部作が極めてユニークで面白いです。そこで主役になるのは経営者と文化人でした。それに対して前間孝則氏の著作は戦時中から戦後にかけて活躍した技術者たちの歴史を扱った一連の著作です。技術者たちが活躍する場や基礎を作ったのは山口昌男が描いた戦前の経営者や戦争でした。前間氏の出身である石川島播磨重工も元はといえば東京石川島造船所で渋沢栄一と浅からぬ関係がありますからね。渋沢栄一については山口昌男『敗者の精神史』で取り上げられています。そういった意味で山口・前間両氏の一連の著作から日本の近代史をもう一度捉え直すことは極めて意義のあることだと私は思います。
今、世界は東西冷戦が終わり、ネットによって相互に繋がって、さらなるグローバル化が進んでいます。資源のない国日本がグローバルな競争で生き抜くには科学技術の力が大きな鍵を握っています。いえ、もはや国という小さな枠組みに囚われることなく、一個人の力量として科学技術の知識が大きな鍵を握っていると思います。そういった現代において私たちは過去の先人たる日本の偉大な技術者たちから多くのことを学ぶことができると思います。