Netflixで鑑賞した。元々はNHKのドラマだったらしく、画質がドラマっぽい。
物語は731部隊による人体実験を告発しようとする福原優作とその妻聡子の物語。当時の日本の世相がところどころに描かれている。優作を演じた高橋一生の日本人好みのスマートなスタイルの良さが際立つ。また、聡子を演じた蒼井優の演技力が素晴らしかった。 ただ、物語の核心部分は微妙で、優作が聡子に偽のフィルムを持たせたり、彼女の渡航を密告したりしたのは、どう判断すればいいのか、戸惑う。もちろん、ポジティブな見方とネガティブな見方と両方の可能性があると思うが、どちらか一方に断定できるほど確信が持てず判断に迷う。
ちなみに、蒼井優の演技は素晴らしかった。 涼しく澄ました顔と、実際は内面は苦しく戦っており、涼しい顔とは対照的な激しく泣き崩れる場面などとても素晴らしいものがあった。
ところで、スパイの妻の物語として原節子が演じた黒澤明監督の『わが青春に悔なし』がある。この作品では、 原節子は夫の墓参りがしたいという糸川検事に最初は「おやめなさい」と諭すように言ったあとで「私は嫌!」と厳しい表情で断る。あるいは、村人たちから嫌がらせで田畑を荒らされたとき村人たちの高笑いする声が幻聴のように聴こえる中で彼女は目を剥いて病身に鞭打って負けるものかと立ち上がったりする。その形相は小津安二郎の描く原節子では絶対に見られない表情だ。美貌の女優・原節子の他では決して見られない演技だった。そこには力強い個人の意志があるのが分かる。相手が国家権力であろうと周囲の人間全員であろうと自分が正しいのなら決して信念を曲げないという力強い意志があった。スパイの妻には、個人の力強い意志がある。全体主義の世界でそれに抗う個人の意志。全体主義の抑圧する恐怖の力とそれに抗う個人の自由意志。その大変さがスパイの妻では描かれている。
個人vs全体主義国家という構図の戦いにおいて、個人が負けまいと必死に戦う姿は、現代の習近平、プーチン、トランプなどの独裁者の時代、全体主義の時代に必見な作品だと思う。