2025年4月30日水曜日

NEWS2025.04

 
4月4日(金)
とりあえず罷免されて良かったと思う。 ただ、次の大統領が誰になるかちょっと心配だけど。
 
4月5日(土)
トランプの関税政策は互いにとって良くないんだろうなあ。
 
現時点で3300人以上の死者らしい。実際はもっと多いのだろう。 

4月7日(月)
システム障害が起こると困るなあ、その1。
 
システム障害が起こると困るなあ、その2。
 
けっこう強行軍の日程だったんじゃないかなあ。ということは、天皇自身による希望でこの訪問が組まれた可能性が高いと思う。
 
4月14日(月)
Googleって、すぐにサービスを止めちゃうから心配。モヤモヤするなあ。
 
4月15日(火)
「ショー・ザ・フラッグ」で有名だったと記憶している。その他、戦争孤児を里親として引き取ったりしていたと思う。

確かにAndroidの初期ホーム画面にGoogle検索を表示しておくのはマズいかも。
 
AWSでもシステム障害が発生するんだ。少し驚く。 

4月17日(木)
これはどう読めばいいのだろう?話は単純ではない気がする。
 
4月20日(日)
結婚した人の方が認知症リスクが高いとは、まだ断定はできないと思う。 でも、意外ではある。
 
4月21日(月)
合掌。
 
4月23日(水)
ふ~む。
 
4月24日(木)
ふ~む。
 
4月25日(金)
私は音楽がいまひとつ苦手だった。中高生の頃、私の周囲はほとんどヘビメタファンばかりだった。私はヘビメタはあまり好きになれなかったし、ロックも嫌いではないが好きというほどでもなかった。ポップスも特に大好きという感じにはならなかった。そんなとき転校してきた子がいて、友人になったのだが、その彼が好きなのがYMOだった。彼は坂本龍一が好きで、私も彼の家に遊びに行くと自然と聴かされた。そんな感じで細野さんを聴く機会があった。ただ、もっと後になって、アニメ映画の『銀河鉄道の夜』や『源氏物語』の音楽が印象に深く残っていて、後からそれらを作ったのが細野さんだと知って驚いた。なので、私と細野さんの音楽との出会いはアンビエントが最初に近い。その後、細野さんのもっと若い頃の作品も聴くようになった。ただ、当時の地方のCDショップには細野さんのCDはなかなか置いてないことが多くて入手が困難だった。話が長くなるので、ここらへんで止めておこうと思うが、私が一番好きな細野さんのアルバムは『メディスン・コンピレーション』で、最高に好きなアルバムです。

4月28日(月)
センター長のさじ加減で不支給が2倍以上に変わってしまうのだとしたら、そりゃあ、あんまりだと思う。ただ、その年によって増減はあるのだろうから、検証が要るとは思うが。
 
 
4月30日(水)
図書館については岩波新書『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告』 が参考になると思う。ただ、町の書店が減っていくのは寂しい。子供の頃の私にとって知らない世界との出会いは町の本屋さんだった。当時の図書館は子供の私には本を見つけにくかった。また、クーリエ・ジャポンの記事『楽しくて、ちょっと変─英国に「文学イベント」のニューウェーブ到来』は町の文化拠点としての本屋さんのひとつの方法として面白かった。
 
今はYouTuberの時代になってしまったが、以前はBlogerの時代だった。Blogerの時代は読書家の時代でもあった。今後はYouTuberの時代が落ち着いて、再びBlogerも地味に復権されたらいいなあと思う。今はBlogが減りすぎだと思う。YouTubeに偏りすぎている。人々がYouTubeの収益に狂奔しすぎたためだ。そうではなくて、YouTubeもBlogも両方がそれぞれのジャンルで普及したらいいと思う。私は読書好きなのでBlogが普及して欲しいと思っている。そして、図書館やミュージアムが地域の文化拠点として地域住民のカルチャーを活性化して、小さな読書会が乱立したり、カフェやレストランで本や映画の話がもっと弾んだらと思う。地味な趣味である読書がもっと普及してくれることを願う。
 
大麻は軽いものばかりと思っていたら、強力なものもあって、そのために様々な弊害を生んでいるということらしい。お酒に例えると、ビールだと思っていたら、ウォッカもあったということらしい。大麻にもアルコールの度数制限のようなものが必要とのこと。物事はなかなか単純には行かないものだ。



今月読んだ本2025.04

 
日本人の死生観』(五来重)
 先祖供養という日本独特の宗教観を理解するのに大変役立つ本だと思う。帯文の「人は死んだら、まず怨霊になる」という一文がよく表していると思う。先月読んだ『先祖供養と墓』がその起源になっている。要は風葬と殯だ。
 
 
仏教と民俗』(五来重)
 日本仏教が先祖供養という日本独特の宗教観を取り入れて、本来の仏教からかけ離れたものになっているのを理解するのに大変役立つ本だと思う。TVアニメ『まんが日本昔ばなし』など、日本の庶民の宗教観を理解するのに役立つ。副題が仏教民俗学入門。
 
先月から今月にかけて五来重の本を3冊読んだ。そのおかげで、私にとって、これまで謎だった日本人の宗教感覚のひとつが分かるようになった。 
 
 
衣服のアルケオロジー』(フィリップ・ペロー)
原書のタイトルは「ブルジョアジーの上着と下着 - 19世紀における衣服の一つの歴史」ということで、19世紀フランスの衣服の歴史になる。鹿島茂さんの『デパートの誕生』や『パリ、娼婦の館』なんかと合わせて読むとより理解が深まるのではないかと思う。また、ゾンバルトの愛妾経済というのにも繋がる話だと思う。
 

2025年4月26日土曜日

新幹線大爆破 リブート版

『新幹線大爆破』(2025年)
 
Netflixでリブート版の『新幹線大爆破』を観た。
 
新幹線に仕掛けられた爆弾が速度が一定速度を下回ると爆発するという1975年のオリジナル版の設定と同じままで、時代を現代に移し替えた物語になっている。ただし、それだけではなくて、1975年のオリジナル版を109号事件として登場させ、本作はそれに関連した事件として物語は進展してゆく。
 
さて、さっそくネタバレになるが、犯人は柚月という女子高生だ。犯行の動機は109号事件当時に警察官だった父親が大言壮語して威張っていることに腹を立てて、それへの復讐のために事件を起こしたというものだった。彼女と父親の電話での会話からも分かるように、父親は異常に威圧的な人物で暴力も振るっていたらしい。要するに、父から娘への虐待だ。犯行は虐待された娘の復讐だ。そして、復讐は父親だけにとどまらず、この社会に対しても向いている。「ウソの普通を壊す」と彼女はいう。彼女は”人間の醜い本性”をさらけ出させようとする。爆弾を止めるには、自分を殺すしかないように爆弾にプログラムしたのだった。
 
ところで、彼女には協力者がいて、ダイナマイトの提供者である古賀勝利だ。彼は109号事件で共犯者である古賀勝の息子で、父親が爆死したことへの復讐も兼ねて柚月にダイナマイトを提供したらしい。ただ、オリジナル版では、古賀勝に息子がいた形跡は無かったと思う。主犯の沖田には息子はいたが。
 
なので、本作では、事件の核心には、家族問題がある。一方、オリジナル版では、中小企業の経営に失敗した社長、過激派くずれ、本土復帰した沖縄から東京に就職に来てやはり失敗した青年など、社会のはぐれ者的なひとたちが犯人で、犯行動機も日本社会に受け入れられなかったことへの復讐のようなものだったのではないかと思う。それは、社会的な問題といえるかもしれない。それに比べると、本作は家族問題に起因している。しかし、家族問題だからといって、軽視すべき軽々しい問題ではない。 核家族が大多数を占め、地域社会も壊れて無くなっている現在、家族問題は日本では極めて息苦しい深刻な問題なんだと思う。
 
ここまで、犯人の動機について感想を述べてきた。しかし、本作の見所としては、これらに主眼があるわけではないと感じる。柱になっているのは、車掌の高市が懸命に乗客を守ろうと職務を果たす職業人としての姿と、同じく指令所で新幹線の安全を守ろうとする笠置たちの姿だと思う。あ、それとそれらに携わる現場の作業員の人たちすべてだ。
 
話は変わるが、政府の描き方については、ちょっと疑問に感じた。そこまで人命軽視で現場の要請に反対するだろうかと不思議に思った。また、指令所の人たちもその理不尽な政府の決定に落胆しながらも従うというのも不思議だった。理不尽な決定だったら、現場は勝手に自分たちの判断で善処するんじゃなかろうか? 福島第二原発の事故のとき、現場は善処したのではなかったか。
 
 それから、さらに話は変わるが、脱線事故で思い出すのが、2005年に起こったJR福知山線脱線事故だ。100名以上が亡くなった大惨事を覚えている人は多いと思う。本作では新幹線後部を切り離して止まる設定だが、果たしてそれが生存率が高い作戦だとちょっと思えなかった。また、1975年の駅ホームにはホーム柵が無かったが、現在の駅ホームにはホーム柵があると思う。ホーム柵が設置されるようになった理由は人身事故防止のためだ。日本では飛び込み自殺が日常茶飯事になった時期があった。そういった変化についてもなんらかの言及があったらなと思う。
 
職務をまっとうしようと懸命に働く職業人の描き方が日本的で型にはまったように感じた。アメリカのドキュメンタリーには、危機対応を描いたものがけっこう多いが、なかなか深いものが多いと思う。あるいは、クリント・イーストウッド監督の作品にも、危機対応時に見られるアメリカ人の良心みたいな作品がいくつかあると思う。ついついそういったものと比べてしまう。
 
今思うと、オリジナル版『新幹線大爆破』で新幹線を停止させるときの緊迫感、もしかしたらもう一つ爆弾が残っていて爆発する可能性があると知りつつ、博多駅で爆発させるよりも爆発させても問題ない過疎地で停止させる決断をして、速度が時速80キロを下回るまでを固唾をのんで見守るシーンは、新幹線は爆発しないものの、なかなかの緊迫感があるシーンだったと思う。懸命に最善を尽くしたスタッフたち、にもかかわらず運を天にまかせるしかない現実、天に祈る気持ちで新幹線が止まるのを見守る指令所。そうとは知らずに安堵して新幹線を止める運転士と危険を承知で指令を出して見守る指令長の対比。なかなか良いシーンだったと思う。
 
 とはいえ、新幹線は日本を象徴するもののひとつであり、『新幹線大爆破』は面白い作品だと思う。