2024年2月29日木曜日

NEWS2024.02


1月31日(水)
勉強になる回だった。

彼女の場合、選挙地盤なんてあるのかしら?

本来、仏教の僧侶は妻帯が禁じられているし、性行為も禁じられている。律で定められている。日本仏教だけ妻帯を認めるようになった。だから、チベットやタイの僧侶から見たら、日本の妻帯している僧侶は僧侶ではないと言われると思う。日本はなんでも換骨奪胎して日本に都合の良いものに変えてしまう。日本仏教はもはや仏教ではない。仏教とは別物のなにかである。そんなだから、こういう事件も起こるのだろう。

2月3日(土)


2月7日(水)
もう何年も前から露出が多くなった欧米のタレントたち。ライブなんか私のような年長者の世代から見ればストリップとあまり変わらない。いや、批判的に言っているのではない。もちろん、当該の女性たちが嫌々やっているのなら問題だと思う。でも、実際は違うのではないかと思う。女性が自らの性を解放しているように感じる。それならば良いことだと思う。

「昔は日本人は真面目だった」という話には共感する。ちょうど同じことを考えていたからだ。遠因はテレビのお笑い番組にあると思う。それは政治にも影響している。政治も語呂合わせばかりで本質的な問題解決を考えていないことが多い。不真面目としか言いようがない。昔は教養を重んじたが、今はかなり後退してしまった。しかし、日本経済が衰退してしまったので、かつてのような日本に戻ることは難しいと思う。残念だけど。

2月8日(木)
もし無罪が本当なら良かったと思う。

2月9日(金)
杉田水脈の敗訴が確定した。

2月10日(土)
日本人はマイノリティや弱者をいじめるのが好きだ。いじめている当人たちはちょっとからかうつもりだったとか、一緒に遊んでいるつもりだったとか言う。でも、いじめられている側はそうではない。怖がり傷ついている。また、虐待というと暴力ばかりを想像しがちだが、言葉による虐待や行為による虐待が実際は多いと思う。そして、暴力による虐待よりも言葉や行為による虐待の方がひとを傷つけることが多い。そして、虐待している側はそれに無頓着だったりする。

私は世界をリベラルと保守との争いに見立てている。ただし、日本は保守と左派であってリベラルとは少し違っていると思う。また、欧米では保守はキリスト教が担っているが、日本の場合は日本的儒教文化だと思う。ややこしいのだが、日本の場合、儒教も換骨奪胎されて日本独特の儒教に変えられているので通常の儒教とは異なる。ただ、おおざっぱに見れば、東アジア、中国、韓国、台湾、そして、日本では保守思想の根幹は儒教文化だと思う。そして、農業社会から近代化された工業社会以降は儒教は時代遅れになってしまった。キリスト教も時代遅れになってしまった。これからはヒューマニズムだと思うが、保守はそれに抵抗している。日本は保守だけでなく左派にも底流に儒教文化がしみついている。日本が儒教文化を克服するのは容易ではないと思う。不可能とは言わないが、人類社会の中で保守思想から脱却するのが一番遅くなるのではないかと思う。したがって、日本の社会が変わるのを待っていては手遅れになるし、変えようとしても抵抗が激しいだろう。かなり労力を必要とする。実際、30年間、日本は変わらなかったという実績がある。なので、そういう日本から脱出するのが一番手っ取り早い。日本語は欧米とは異なった思考ルートを開く可能性もある。日本から脱出してもそのことで優位性を保てるかもしれない。もちろん、苦労もあるだろうが。ともかく、心ある者は日本から脱却するのが良い。それが一番現実的だ。

ただし、リベラルと保守の闘争だが、リベラルが保守を打ち負かすというのが勝利ではない。たしかに保守にとっては、保守がリベラルを打ち負かすのが勝利ではあるのだろう。しかし、リベラルにとっての勝利は、リベラルが保守を打ち負かすことが勝利ではない。リベラルは多様な価値観を認めることが勝利だ。価値観のひとつとして保守を組み入れることが勝利になる。リベラルにとっての勝利は保守を包摂することだ。保守を全体の中の一部分にすることだ。一方、保守は全体を保守一色に染め上げることが勝利だろう。それは全体主義だ。リベラルは様々な色で構成される世界を構築することが勝利だ。単色の保守か、多彩なモザイクのリベラルかだ。

2月14日(水)
ガザの虐殺の話、田中ゆうたろうの話、群馬の森朝鮮人追悼碑撤去の話だった。鈴木信平さんの話がとても良かった。ところで、日本人は人権侵害について自分たちの人権や自由が脅かされることに対して鈍感だ。少数者の人権や自由が脅かされても自分たちは関係無いと思っている。しかし、それは全体主義に乗っ取られる危険な芽だ。日本人は本当に抽象的な話や本質的な話に弱い。即物的な話や個別具体的な話にしか興味を示さない。あるいは、お金の話か。ダメな民族だ。だから、日本から哲学や科学は発祥しなかったのだろう。

今週は風邪で消耗した一週間だった。コロナやインフルエンザでは無かったが、その分、通常通り仕事をして疲労してしまった。かなり体重が落ちてしまった。もっと身体を休めないと危険になってきた。

2月21日(水)
アンガーマネジメントの話が出ていたが、アンガーマネジメントもまず「この案件は怒った方が良いか、あるいは怒らない方が良いか」を選択していたと思う。つまり、NoHateTVで取り上げるような案件では「怒るべき案件」と判断されると思う。「怒らないと後で後悔する案件」になると思う。アンガーマネジメントを詳しくは知らないけど、多分、そういう判断になると思う。まあ、日本人の場合、事なかれ主義で怒らないという選択をしがちだという意味で取り上げているのだとは思うけど。そもそも「自分に直接損害が生じない案件については怒らない」というのが日本人には多い。それが人権侵害や差別であっても、自分が人権侵害の対象であったり、差別される対象でなければ、怒らないという選択をしがちだ。そういった案件に対して、わざわざ怒ることで自分に負担や反動が返ってくることを嫌う。日本人は人権侵害や差別が回りまわって自分たちに返ってくることに鈍感だ。いや、自分たちに遠回りに被害があるから怒るのではなくて、本来は目の前で不正義が行われていることに対して憤るべきだと思う。ところが、日本人は他人の痛みに対して鈍感だ。自分でなければいいと考えがちだ。それどころか、日本人は弱い者いじめやマイノリティをいじめることが好きな民族だ。一緒になって差別や人権侵害に加わる輩さえ出てくる始末だと思う。日本人のそういうネガティブな性質を変えるのは容易ではない。おそらく、海外から情報が多く入ってきてグローバル化が進めば次第にそういうのは減っていくと期待するしかないと思う。もちろん、日本語の壁というのがあるから遅々として進まないだろうけど。日本人は人口の規模がそこそこあるから、なかなか変わらないと思う。そういう悪癖から脱するのは日本人は人類社会の中で一番遅いことになると思う。

仕事が終わりかけの金曜日夜に寒気がして発熱。抗原検査は陰性。どうやらインフルエンザに罹ってしまったらしい。せっかくの週末なのに。そんなわけでこの土日は寝てばかりでござる。

2月28日(水)
松代大本営地下壕の話、クルド人差別の話、昭和維新の話だった。

今週も風邪で辛い一週間だった。風邪を引いて3週間。しんどい。政治に対してどんどん無関心になっている自分がいる。やばい。

これだけ酷い自民党でも、おそらく選挙になれば自民党が勝つんだろうと思う。一方、リベラルの人材が全然増える傾向にないのもため息が出る。いや、リベラルだけに限らずに政治全般に人材がどんどん劣化していっているように思う。東西冷戦の頃は互いに切磋琢磨していたので人材が磨かれたのかもしれない。

一方、米国はどうかというとトランプが勝ちそうな雰囲気だ。オバマのような人物は出てこないのだろうか?

私はリベラルが素晴らしいと考えている。日本はおそらく世界で一番遅くリベラルが開花すると思っている。日本は昔から海外から新しいものを取り入れても、換骨奪胎して自分たちの都合の良いものに変えてしまう。リベラルも同じで日本に輸入されても似て非なるものに変えられてしまうだろう。だから、日本に期待することが間違っている。ただ、インターネットのおかげで個人が国境を越えやすくなったと思う。個人でリベラルにアクセスすればいい。

時代はポストモダンに入った。工業社会から知識社会に変わった。工業が廃れたわけではない。工業の上にコンピュータという神経網が開けたのだ。一見、シンプルでモダンな暮らしに見えて、コンピュータネットワークの中には豊かな情報宇宙が広がっているのだ。そして、私たちは多様な生を生きられるようになるだろう。もちろん、資本主義の制約は受けるだろうけど。それでも、以前よりは遥かに自由だ。反動の正体は固定観念だろう。しかし、世代交代が進めば、次第に固定観念は薄れていく。モダンの亡霊は消え、ポストモダンを生きる若い世代がどんどん増えていく。それだけの話だ。人々の変化は頭の中で起こっている。情報の変化、ソフトウェアの変化、知識の変化、固定観念の変化など目に見えない変化だ。目に見えないから、変化に気づきにくい。しかし、変化は確実に起こっている。そう、この変化は捉えにくいのだ。物理的、地理的、経済的、政治的、現象的など様々な切り口があるが、そのいずれでもこの変化は計測が難しいのだと思う。気づいたときには時代が変わっている。個々人がその生で範を示すしかない。