2020年5月30日土曜日

21世紀の生存戦略

私はかつて『日本の未来戦略』という小論を書いた。あれから10年が経過した。今回はその続きに近いものを提案しようと思う。それは個人レベルの生存戦略だ。『日本の未来戦略』では日本の生存戦略を提示した。今回は個人の生存戦略を提示したい。21世紀に個人が生き生きと生きていくための生存戦略だ。

1.専門知

第一に個人は得意分野、特技を究めることだ。つまり、その人その人の専門的な特技を養うことだ。技術者であってもいいし、職人であってもいい。その人が他の人よりも抜きん出ているものを磨き上げることだ。知識社会的な言い方でいえば、専門知を磨くことだ。逆な見方をすれば人間の能力には限界があるから、すべての事柄、知全体に精通した全知全能にはなれない。知全体の大きさは人間の能力を遥かに超えるものだ。いずれかの部分的な知に特化してその部分知を究めることだ。それが専門知だ。


2.全体知

次に必要なのは全体知だ。先程の「人間の能力には限界があり、全知全能にはなれない」という言葉とは矛盾するようだが、細々とした専門的な細部は知らなくていいので、おおまかな知の全体像を掴むことだ。これは昔風にいえば教養になる。あるいは、もっと限定していえば、人格形成に関わる教養ということになるかもしれない。ただし、私が考えているものはそれとは少し違う。私は人間の全体知は二段階あって、マトリックスとライブラリーというように捉えている。

マトリックスとはその人の人格を形成している主要な知を想定している。思想に近いといえるかもしれない。しかし、それは思想とは少し違う。思想というような首尾一貫したものではない。脳のメインメモリに格納されている知というものに近い。一方、ライブラリーは脳の補助記憶に格納されている知だ。普段はそんなに使われないが知識としては知っていて、ノートなど外部記憶を見れば思い出して使えるような知だ。これは様々なジャンルの本を読むことで積み足していける。(とはいえ、どこかで記憶の限界があるとは思うが。)

なぜ、マトリックスと思想を区別するのかというと、現実への対応の仕方が違うからだ。私は現実は人間の知を超えるものだと思っている。人間がいくら頑張っても人間の知が現実を囲い込んで、現実を人間があたかも全知全能の神であるかのように把握・掌握できるとは思っていないからだ。傲慢なインテリになるとまるで三国志の諸葛孔明のようにすべてを見通せるような気になるかもしれない。しかし、残念ながら、人間の知よりも現実の方が上回っている。現実と理論がズレるとき、間違っているのは現実ではなく理論だ。まして、知に思想や人格など首尾一貫性を持ち込むと現実に対応しずらくなる。もちろん、可変で可塑的なマトリックスだとしても限界はある。人間にとって現実は未知であったり不可知であったりするからだ。しかし、マトリックスは思想と比べれば、もっと柔軟に対応できると思う。マトリックスをできるだけ広げれば広げるほど厚みを増せば増すほど現実というボールをレシーブするときの足場が広く堅牢になると思う。とはいえ、それも同じ次元であればの話で、次元が異なればマトリックスもまったく役に立たないなんてことはよくある。だから、人間は現実に対して謙虚になった方が良い。所詮、人間は神にはなれない。

とはいえ、それでも私は、人間は「ホモ・ラーニング(学ぶ生きもの)」だと思うので、限られた時間と能力を最大限活用して、知を学び続けて、人間が捉えうる全体知たるマトリックスとライブラリーをより豊かなものにしつづけていくと思う。生きている限り・・・。

3.人間知(ヒューマン特性)

人間はただ単に学ぶだけでは生きられない。生活しなければ生きられない。だから、現実には生活しながら学ばなければならない。しかし、人間はコンピュータではない。電源を入れてデータをロードすれば学ぶ、なんて風にはできていない。学習に集中できるときもあれば、集中できないときもある。体調が良い日もあれば悪い日もある。人間はマシーンではない。さらに人間は合理的にはできていない。認知科学でいえば、エコンとヒューマンのような違いがある。人間は機械と比べると人間の特性がある。

私たちは人間でありながら、限られた資源と時間の中で効率良く学ばねばならない。そのためには人間の特性をよく知らねばならない。しかも、人間の特性といってもかなりの個人差がある。他人に最適な方法が自分にも通用するとは限らない。結局のところ、「汝自身を知れ」ということに行き着く。自分自身をよく知って、自分に合ったやり方を見い出さねばならない。そして、生活に合わせたり、あるいは生活を最適化したりしながら、試行錯誤を重ねて自分に合った学びの方法を発見し実践していかねばならない。(巷でいうライフハックに似ている。)

4.まとめ

21世紀の生存戦略は3つだ。1つめは専門知を身につけること、2つめは全体知(マトリックスとライブラリー)を積み重ねること、3つめは人間知(ヒューマン特性)を把握することで自分の能力を最大限引き出して専門知と全体知を学習してゆくことだ。つまり、人間である自分自身を知ることだ。この三位一体が21世紀を生きる個人の生存戦略の主要な柱となる。