2010年6月13日日曜日

アレハンドロ・アメナーバル監督『アレクサンドリア』(原題『AGORA』)

1.はじめに
たまには映画の案内でもしようということで、映画を紹介します。といっても、まだ見たわけではないのですが、面白そうだなあという期待を込めての紹介です。それは私の好きな英国人女優レイチェル・ワイズが主演している歴史映画『AGORA』です。AGORA(アゴラ)といっても池田信夫氏のアゴラではありません。まあ、意味はどちらもアゴラ(都市国家の広場、議論の場)から持ってきたのでしょうけどね。

以下、ネタばれを含みます。

『AGORA』公式サイトhttp://www.agorathemovie.com/



2.ヒュパティアを襲った悲劇
この映画でレイチェル・ワイズは古代エジプトの哲学者で数学者の女性ヒュパティアを演じています。古代エジプトといってもプトレマイオス朝以来、エジプトはヨーロッパの文明圏でクレオパトラもアフリカ系ではなく基本的にはヨーロッパ系であって、おそらくヒュパティアもヨーロッパ系じゃないかと思います。ヨーロッパ系といっても、要はギリシャ文明ってことですが。で、ヒュパティアですが、ローマの支配下にあった古代エジプトがキリスト教が勢力を増すにつれて非キリスト教系の人たちを圧迫してゆくのですが、ヒュパティアも非キリスト教系のひとりであり、ついに暴徒と化したキリスト教徒がヒュパティアをぎゃく殺してしまいます。私の記憶では、確か、ある日、ヒュパティアが街中を歩いているとキリスト教徒が嫌がらせに石を投げてきて、それを避けるためにヒュパティアが近くの教会の中に避難するのですが、実はそこにキリスト教徒たちが待ち構えていて一斉にヒュパティに飛びかかってナマスに切り刻んで殺したそうです。その後、キリスト教徒たちはバラバラになったヒュパティアの肉片を剣や槍に突き立てて、「それ見たことか!キリスト教に従わぬ者はこうなるんだぞ!」と街中を練り歩いたそうです。いや、かなり恐ろしい話ですね。漫画『デビルマン』で殺された牧村美樹が暴徒と化した人間に殺された挙句、バラバラの死体を槍などに突き刺して練り歩いたのを実際にやったような感じです。でも、まあ、ここまで残酷かはともかく、歴史の中では異教徒をぎゃく殺するというのはよくあったと思います。なお、ウィキペディアではカキの貝殻で肉をそぎ落として殺したとあります。いずれにしてもなんとも残酷な話です。そんなわけでキリスト教徒が悪者扱いなので上映に際してはちょっとだけ物議を醸したのかもしれません。

3.一神教の未来
ところで、キリスト教ですが、どうでしょう、一昔前と比べれば、随分、その勢力は落ちたと思います。おおむね、自然な勢力の低下ですが、それだけではなしに、欧州ではこの20年くらいで宗教から脱却しようとしたんじゃないかと思います。このまま行けば、キリスト教は消滅するところまでは行かないまでも、かなり縮小するんじゃないでしょうか。ただ、そのかわりと言うか、中東からの移民など貧困層にイスラム教が普及しているんじゃないかと思います。一神教という宗教形態から見れば、イスラム教の方が遥かに分かりやすいような気もします。キリスト教はどうもヨーロッパの土着信仰と混合して、一神教としてはちょっと分かりにくくなったんじゃないかと思います。ヨーロッパにおけるキリスト教の馴染み方がどうも一神教というよりは土着信仰的な気がします。ともかく、イスラム教の方がこれからのグローバルな宗教としては強いと思います。

4.ヒュパティアの時代
さて、ヒュパティアですが、とても理知的な女性だったようですし、実際にとても美人だったそうです。舞台になったアレクサンドリアはとても興味深い都市で、当時の世界最高の学術研究所ムセイオンがあったり、アレクサンドリア図書館があったりとギリシャの知の最後の砦といったところだと思います。ただ、ヒュパティアの虐殺をきっかけに迫害を恐れた学者たちはアレクサンドリアを捨てて逃げ出してしまうようです。また、ギリシャ哲学の系譜で言えば、アレクサンドリアはプロティノスを生んだ場所と言えると思います。プロティノスはプラトンの正当な継承者じゃないでしょうか。アリストテレスは例のラファエロが描いたアテネの学堂のようにプラトンとは対照的な哲学だったと思います。プラトンが天を指さしているのに対して、アリストテレスは地を指さしています。まあ、アリストテレスの哲学は形式論理的というか、近代科学的だったのではないでしょうか。それに対してプラトンはイデアなどちょっと神秘的な色合いのある哲学でした。その神秘的な色合いのプラトン哲学を受け継いだのがプロティノスだと思います。で、ヒュパティアの哲学はどういったものだったのかは分かりませんが、ヒュパティアはプラトン、アリストテレス、プロティノスの哲学について言及したり書簡を交わしたりしたそうなので、ギリシャ哲学の系譜上にあるのだろうと思います。また、彼女は実用的な天文学や数学もやっており、かなり理知的な女性だったようです。そんな聡明な女性が虐殺されるのはなんとも痛ましい話です。ちょっと記憶が定かではありませんが、読んだ歴史書の解説では、ヒュパティアがキリスト教に簡単に改宗するのを由としなかったためであり、その一方で、キリスト教徒がキリスト教の普及にやっきになっていたために改宗しないヒュパティアを目の敵にしたというのではないかという推測だったと思います。ウィキでもヒュパティアは主知主義的な傾向で理知的であったために、「不条理ゆえに我信ず」的なキリスト教徒にはヒュパティアの言動は教義に反するなど頭に来たのかもしれません。まあ、映画では、たぶん、また違った描かれ方をしていると思いますし、私の記憶違いもあるかもしれませんので、正確なところは各自で文献で調べて下さい(笑)。ところで、アレクサンドリアを逃れた当時の学者たちは東方に流れたようで、後にこれによってもイスラム教の哲学化に大きく寄与したのだと思います。さらにそれがキリスト教に逆輸入されてキリスト教神学になります。今では近代哲学以前の哲学、すなわち、神学はあまり顧みられないでしょうけど、そこにはなかなか興味深い思惟が数多く残されていると思います。

5.レイチェル・ワイズについて
さて、話は変わりますが、レイチェル・ワイズについて少しだけ。レイチェル・ワイズといえば、『ハムナプトラ』がメジャーな作品かもしれません。私的に良かった作品としては、ジュード・ロウと共演した『スターリングラード』や米国の銃社会を批判した法廷劇『ニューオリンズ・トライアル』や『ナイロビの蜂』があります。『ファウンテン』も、内容は分かりにくかったですが、なかなか綺麗でした。私的なお奨めは、ちょっと微妙ですが、『スターリングラード』でしょうか。どれも面白い作品なのですが、彼女が主役として活躍して、飛び抜けて面白い作品というのが実はあまりないのではないかと思います。でも、美人だからスクリーンに出ているだけでいいです(笑)。(ところで、米国映画は『ニューオリンズ・トライアル』など銃の所持を批判したり、医療制度を批判したりする映画をたくさん作るのですが、いざ、それを法制化しようとしても、なかなかうまく実現しませんでした。今回、オバマ大統領になって、まだまだ他の先進国と比べると不十分とはいえ、医療制度がやっと改革されました。)

6.『AGORA』日本公開予定?!
さて、たくさん書きかましたが、『AGORA』日本の公開予定は、・・・あれ?
未定のようです。