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2022年12月31日土曜日

NEWS2022 Review


1.2022年の振り返り

2022年を振り返るとウクライナ侵攻と安倍元首相暗殺が大きなトピックだった。

ウクライナ侵攻に関してはロシアが早々とウクライナの東半分を占領するかと思ったがそうはならなかった。仮に占領できてもウクライナ国民の抵抗で統治が難しく泥沼化してしまうとは思っていた。ところが欧米の支援で占領すらままならなかった。それどころか現時点ではウクライナがロシアを押し返しつつある。したがって、どこに落ち着くかまったく予測できない。ウクライナは欧米の支援が無ければ戦いを継続することは難しいだろうし、ロシアもいつまでも消耗戦を続けることは不可能だろう。どこかで調停しなければならない。しかし、クリミアやロシア系とウクライナ系の住民が混在している地域ではどちらに転んでも、戦後に混乱や悲劇が生じるだろう。結局、国家に振り回されるのは人々だ。

安倍元首相暗殺に関しては、岸田政権の影の実力者であった安倍元首相がいなくなったことで権力の空白ができた。清和会は後継者を決められなかったし、統一教会問題でそれどころではなかった。宏池会の岸田首相としては、中心に空白のできた最大派閥の清和会とのバランスを取りながらの政権運営になる。安倍元首相が存命中のときの岸田首相は安倍の操り人形だったが、いなくなった今となっては、清和会の合意を取りつけながら自身の政策を織り交ぜつつの政権運営になっていく。清和会としても統一教会問題で疵がついてしまったのでおいそれと選挙で決着をつけるというわけにもいかないし、当面は選挙は無いので時間をかけて失地回復をはかればいいという腹積もりもあるだろう。したがって、岸田も清和会もお互いの顔色をうかがいつつ、お互いの顔を睨みつつ、腹をさぐるような政治になっていくだろう。ただし、岸田や清和会の政治家だけに限らず、今の政治家全般に言えることだが、国の舵取りや国家戦略を本気で考えている者はいない。彼らは権力の座にしがみつき、そこから自身にとっての旨味を引き出すことだけを考えている。防衛費倍増が良い例だ。予算が倍増すれば、それだけ政治家の旨味が増えると考えている。本気で国防のことも考えていなければ、負担する国民のことも考えていない。

さて次に、日本経済に関しては、日本の産業で半導体と家電が没落して自動車しか残っていなかったのが、電気自動車の出現によってついに自動車までダメになってしまうというのが見えてきた年だった。資源の無い国・日本は一体どうなってしまうのだろう。こままでは、とても貧しい国になってしまう。

日本の政治については、私はリベラル派であるので、リベラルの立場で言えば、日本政治がリベラルになることは無さそうだ。私は2021年10月末日の衆院選でリベラルが敗北したことですでに諦めた。与党の数多く失策がありながら、それでもリベラルは勝てなかった。本来なら保守の失策でリベラルは何もしなくても勝って良い選挙だ。ところが、有権者はそうではない選択をした。結局、日本ではリベラルは受け入れられないのだ。そして、2022年は立憲民主党は実質的には保守化していったし、維新が伸びたり、参政党なる保守政党がでてきたりした。自民党がダメだと思った有権者は別の保守政党を望んでいるのだ。結局、日本はほとんどの有権者が保守なのだ。2年前の記事でも書いたが、日本はリベラル派が少数派なのだ。

ところで、半導体が少し変わった動きを見せ始めている。米中対立がもとで、欧米が半導体製造を西側諸国で行おうという動きがある。これは日本にとっては運が良いことかもしれない。ただし、米国としてはかつてのCPUがそうだったようにハイテク部門は外には出さないだろうとは思う。

個人的に記憶に残っているのは、日本の障害者施策に対して国連障害者権利委員会の審査に基づいて国連から出された改善勧告だ。大きなポイントは3つで、障がい者を分離する支援学校を止めてインクルーシブな教育にせよということと、精神障害者の入院が多過ぎるということ、それと障害者権利条約の日本語訳がおかしいということだった。日本語訳がおかしいというのは、極端に言えば、日本の障害者福祉に対する考え方がおかしい、間違っているのではないかということだとも言えると思う。私はこのニュースからダイバーシティとインクルージョンの2つが日本には改めて必要だと感じた。そして、それこそが日本社会が変われるキッカケがあると思えた。


2.2023年に向けて

(1)日本の問題点

日本の構造的な問題については、以前の記事で書いた通りで今も変わっていないが、再度、記しておくと、日本の家族が子供中心の家族形態になっていること、日本の経済制度が既得権益層が有利になるように作られていること(そのため古い産業が延命して新しい産業が育たず産業構造の転換ができない)、中央集権で地方分権になっておらずまた地方分権を補完するネットワークも未発達でムダが多いこと、公文書など記録を残さないことの4つだ。これら日本の問題は今も変わっていない。

さて、どうすればこれらの日本の問題は解決・改善されるのだろう?

(2)家族支援、労動者支援、性教育、市民教育

私が昨年読んだ本で感銘を受けたものにネウボラに関する本があった。ネウボラとは子育てを支援するシステムでワンストップ窓口がありながらバックには様々な専門家が控えていて利用者の問題によってそれぞれ支援するというものだ。支援対象は基本は子育てに関するものだが家族の人間関係など家族生活全般に広げられると思う。ヒトを家族人という立場で捉えて、その家族に問題があればそれをネウボラが様々な専門家を混じえて解決していくというものだ。日本では家族のことはその家族に任せるという習慣があると思う。他人が口出しすべきではないというようなものだ。それは閉じたコミュニティになってしまい、必ずしも幸福なコミュニティになるとは限らない。そこで不満や悩みがある家族人に外部組織であるネウボラが専門知識を活かして支援するのだ。それによって家族生活の満足度を向上させることができると思う。

同じようなことを労働者に対してもできないだろうか?これまで日本は社員の教育・育成を社内で行ってきたし、不安や悩みなど総務部や労組などが担ってきたと思う。日本は社員を労組も含めた会社が丸抱えする仕組みだった。日本は社会主義ならぬ会社主義だった。しかし、今や時代は変わった。正規と非正規で労働者は分断されている。労働者を人的資源と捉えた場合、これまでのように人材の管理を会社に丸投げしていたのでは十分に労働者の潜在能力を引き出せないと思う。さらに制度が複雑だし立場によって制度もいろいろと違ってくる。そして何より閉じたコミュニティである会社は不条理を労働者に強いている場合がある。しかも悪いことにその不条理に所属する労働者がその不条理に過剰適応したりするのだ。日本人の特徴である所属する組織に対する忠誠だ。いや、忠誠というより損得勘定からくる偏狭な利己主義に過ぎない。そういった悪しき習慣を変えるためにも外部とのパイプを持つべきだと思う。ヒトを労働人と捉えて労働人をサポートするネウボラのようなワンストップ窓口を作るのだ。定期的にカウンセリングして、スキルアップやキャリアアップしたいのであればそれを紹介し、労働条件に不満があれば外部の労組や行政に紹介したりするなど、労働人の育成や悩みなど対処できるワンストップ窓口を作るのだ。そうすれば労働者の質も満足度も向上していくと思う。それはひいては日本の産業力の向上につながる。

以上、述べたことは、家族支援、労動者支援という言葉に集約できると思う。ヒトを家族人あるいは労働人と捉えて、外部組織がそれをサポートするのだ。子育て期間だけでなく、生涯そういうサポートを受けてもいいとさえ思う。

さて、その他にも、性教育やシチズンシップ教育を用意すべきだと思う。性教育に関しては家族支援の子どもができる前の支援として位置づけてもいいかもしれない。シチズンシップ教育についてはその地域社会に詳しい人たちに委ねるべきかもしれないが、学校で先生が行ってもいいかもしれない。日本にジャーナリズムを教える専門学部があれば、そこの先生に教えてもらうのが現状の課題なども聞けていいかもしれない。

ところで、日本の学校教育ももっと多様化していいと思う。以前、聞いた話では、デンマークでは、クラス制もあれば、もっと少ない少人数制(10人未満だろうか?)もあり、さらに個人の場合もあるという。そして、そこに障がい者も加えて普段から社会には多様な人たちがいることを知るべきだと思う。そして、組織は閉じるべきではなくて、外部から人を招いて外部からの教育も取り入れていくべきだと思う。日本人は兎角閉じた中で完成度を高めてゆく。しかし、実際は完成度を高めたのではなくて過剰適応しただけに過ぎない。現実は純粋培養が可能な閉じたシャーレではなく、多様で複雑で様々な生き物が往来するジャングルのようなものだ。現実に対応できる人材に育てるためにも学校は開かれた組織であるべきだと思う。

ここまでをまとめると、家族支援、労動者支援、性教育、市民教育がこれからの日本には必要だと思う。

(3)日本と世界について

日本の政治に関しては、リベラル派としては多数派になる可能性が低いと思っている。それでも日本の政治にリベラルが影響を及ぼすためにはどうすればいいかだが、これまた外部の通路を開けておくということになると思う。世界ではリベラルはネットワークを広げつつあると思う。その水流を日本に導き入れることだと思う。言ってしまえば、出羽守になればいいと思う。「欧米では〇〇だ」という風に。日本人は黒船に弱い。同じことを日本人と外国人が言った場合、日本人は日本人の言うことを意固地なまで撥ねつけるだろう。ところが、外国人が言ったなら黙って聞いたりする。そして、大勢が変わったら、ガラッと180度転換したりする。日本人は物事を本質で論理的に捉えるのではなく、空気で捉えて意思決定する。リベラル派の日本人が保守派の日本人に何を言ってもムダである場合が多い。だから、馬鹿にされようと出羽守で囁いてやればいいと思う。まあ、それでもムダである場合が多いだろう。

イメージだが、世界はツリーのような階層的なヒエラルキーとそれを横断するネットワークで構成されるようになる。横断するネットワークはリベラルなものもあれば、そうでないものもある。リベラルなネットワークが今より張り巡らされることによって包括的になって世界は多様性を享受できるようになるように思う。逆に全体主義を補完するようなネットワークが張り巡らされれば世界は多様性を失い、息苦しいものになっていくと思う。そして、その結果、収奪的になって社会は活力を失っていくだろう。米国や中国、EUやその他の世界各国がそういった分岐点にさしかかっている。かつては連合国と枢軸国の戦いだったり、その次は資本主義と社会主義の戦いだったりした。今度はツリーとネットワークのバランスの戦いになる。ツリーとネットワークのどちらかが勝つということではなくて、ツリーとネットワークの組み合わせやバランスが人々にどれだけ活力を与えられるかという戦いになる。


NEWS2022.12


12月4日(日)
精神障害者を病棟に押し込めるのは、日本人が多様性に対して不寛容であることの顕れだと思う。ただし、多様性に対して寛容になるというのは現在の日本人にとってかなりハードルが高いことだと思う。そのハードルを少しでも下げるにはインクルーシブな教育に変えて、子どもの頃から障がい者と共に暮らす習慣を身につけさせることだと思う。これは障がい者に限らず、異なる人種や異なるセクシャリティについても言えることだと思う。そして、自分とは異なるタイプの人たちがこの世界にいることを周知すべきだと思う。この世界、この社会はマジョリティだけのものではなく、マイノリティも含めた多種多様な人々で成り立っていることを知るべきだ。

12月5日(月)
韓国の大学進学率が9割台で、日本の大学進学率が6割台だ。知識社会では個々人が高い専門知識を習得することが大前提になる。英米を除いて、欧州でもその国の自国民ならば大学進学は学費面では容易ではなかろうか?日本もよく考えた方がいいと思う。

12月6日(火)
インクルーシブにすべきだと思う。私は変な話、アニメ『サウスパーク』を見て思うところがあった。インクルーシブに慣れることは思っている以上に容易ではないとは思う。しかし、それは必要なことだとも思っている。小山田圭吾のような、障がい者いじめ問題も生じたわけだから。

12月8日(木)


12月9日(金)
米国の司法はこういうところが凄いと思う。

12月10日(土)
これには驚いた。まさかリーダーになるとは。しかも一匹狼になる可能性もあるというのも驚く。一匹狼はその名前とは裏腹にかなり過酷な生活になると聞いたことがある。だから、リーダーと一匹狼は真逆だと思っていた。それが共にトキソプラズマの影響とは!映画『トレイン・スポッティング』で猫からトキソプラズマが感染して死ぬ人物がいたが、人間の場合は死ぬんじゃなかろうか?あるいは、昨今のイーロン・マスクを見ていると、もしかしたらトキソプラズマに感染しているのではないかと(笑)。

宮台真司さんが出演していて驚いた。今月は宮台さんは療養で無理かなと諦めていたのだが、早々と復帰して本当に驚いた。ただ、少し痩せたのではないかも思う。やはり負傷のダメージがあるのではなかろうか。撮影がスタジオと違う所為でそう見えるだけかもしれないが。本題の話は非常に興味深かった。アマゾンのビデオや今治タオルの件、バングラディッシュの倒壊の話などなど。百均の喩えは分かりやすかった。また、宮台さんの資本主義の話も良かった。

繰り返しになるが、差別には主に人種差別、性的マイノリティを含めたジェンダー差別、障がい者差別の3つが主にあると思う。その3つが象徴的にあるのがナチスドイツだったと思う。ナチスは、ユダヤ人をホロコーストで大量に虐殺したし、長いナイフの夜からその後も同性愛者を逮捕・殺害したし、知的障がい者・精神障がい者も優生運動の名のもと安楽死させたりした。そういった第二次世界大戦の反省から人類社会は人権を重視するようになり、世界人権宣言を採択したり、日本国憲法や韓国やドイツの憲法などでは基本的人権を憲法の筆頭に持ってきたりした。(日本は第1条に天皇を持ってきてしまったが、本来は基本的人権が筆頭である。韓国も主権は国民であると謳った次に基本的人権を上げている。)私たちは第二次世界大戦から何を学び得たかというと人権だと考えてもいいと思う。そして、その人権を踏みにじるものとして差別があり、その差別の三大事例が人種差別、性差別、障がい者差別だと思う。その差別を無くす概念として、多様性、ダイバーシティがあると思う。ダイバーシティは自分とは異なるタイプの人たちがいて、その人たちも含めて社会を構成していると考えることだと思う。異なるタイプの人たちと共存していくのがダイバーシティだ。自分たちだけのルールではなく、異なるタイプの人たちのルールも認めていくのが重要であり、そこに摩擦が生じるのだとも思う。異なるタイプの人たちと一緒にいることは居心地が悪かったり、気味悪かったりするかもしれない。そういったネガティブなものも努力すれば拭えるものもあれば、いくら努力してもずっと拭えないものもあるだろう。そういったものを抱えながらも、共に暮らしていくのがダイバーシティだと思う。ダイバーシティというのは容易なことではないし、カッコいいだけのものでもない。しかし、人類社会の未来はその険しい道の先にあるのは確かだと思う。

12月12日(月)
調査対象は先進国ではないのかなあ。だったら肥満や喫煙は20世紀と比較すると減少しているのではなかろうか?肥満や喫煙が精子数減少の原因とは違うような気がするのだが。

12月14日(水)
問題は米国の最高裁だよなあ。



12月17日(土)
お疲れ様と言いたい。

最初に増額ありきで政策は後づけ。要は利権。金、金、金の世界。そのことに対して国民も怒らなくなったし、関心を持たなくなった。政治に対する関心が無く、政治に対する知性が低下した。もうね、没落している国の国民は民度が低下するということの分かりやすい事例だと思う。

防衛費を倍増するなら米軍基地を日本から一掃しておもいやり予算なるものも終わらせるのが筋だろう。ところが、それすらも日本人は変えたくないというのが本音なんだろう。理由は「変えるのが嫌だから」という日本の惰性。もうね、早めにこの国に見切りをつけた方がいいと思う。この国の未来は相当ヤバい。まず、個人の貯蓄の通貨を円からドルとかユーロに変えた方が無難な気がする。

12月18日(日)
こういうのは氷山の一角だと思う。ただし、必ずしも攻められるべきものだと言い切るのもちょっと違うという気もする。障がい者と性の問題は個別の事例で個々についてそれぞれかなり考えないといけないと思う。やっぱりインクルーシブな教育を導入しないとダメだと思う。でも、日本人にとって障がい者を社会に受け入れるのは移民を受け入れるよりもカルチャーショックが大きいという気がする。

12月19日(月)
メタバースをフェイスブック一社(今はメタ社か)だけで独占しようとするのが間違いなんだと思う。

どうなんだろう?



12月21日(水)



イーロンなあ。


12月24日(土)


12月25日(日)
松沢呉一さんがColabo✕暇空茜の件でColabo側を批判している。真相はどうなんだろう?前にも書いたけど、保守>ラディフェミ>セックスワークみたいな流れがあって、ラディフェミが保守に反発しつつ、一方でセックスワーカーを貶めるみたいな感じになっていると思う。ただ、問題になっているのは会計上の不正疑惑であって、そこはテクニカルなのでよく分からない。よく分からないけど、こういうのって不正なのか事務的ミスなのか、グレーなんじゃないかなあ。税理士さんでないと分からない気がする。

12月26日(月)
杉田水脈がようやく更迭された。やれやれ。

12月28日(水)


12月30日(金)
昔、ファッション通信という番組があって、そこで彼女のデザインを見たことがあった。なかなか刺激的で良かった。合掌。

12月31日(土)



まとめ
防衛費倍増が中身が議論されずに財源だけが議論された感がある。そして、国民が無関心な気がする。もちろん、当面、選挙が無い所為ではある。ただ、私が知っている以前の日本人なら大騒ぎしたと思うし、みんな、自分の頭で考えたと思う。ところが、今の日本人は自分に関わることだけに関心があって、それ以外は無関心になっていると思う。政治なんかは無関心なジャンルの象徴になっていると思う。

円安が思ったよりも進まなかった。私の予測が外れて残念な気がする反面、とりあえず物価上昇がこの辺りで止まってくれて良かったとも思う。

杉田水脈女史が政務官を辞任して良かった。しかし、そもそもこういう差別主義者が議員になっていることが間違っていると思う。彼女を選んだ有権者は恥じるべきだと思う。

今後の日本の見通しについては、マル激で宮台真司さんが話している通りだと思う。政治が変わって日本が変わるという流れは無理だと思う。結局、仲間と共に荒野を生き抜くしかないんだろうと思う。

世界の見通しについては、世界はこれまで以上に垂直構造的なヒエラルキーと横断的なネットワークのせめぎ合いになると思う。様々なネットワークが張り巡らされることでシステムがインクルーシブになっていくのが望まれる。ただし、それとは逆に働くネットワークもあると思う。様々なネットワークが連合できるようなコモンウェルス(リベラルな思想やモラル)があれば良いのになあとは思うが、それに縛られるのもかえって悪いことになるかもしれないとも思う。ところで、日本はネットワークはできるかもしれないが、そういうリベラルなネットワークが機能しなくて、むしろネットワークがヒエラルキーを細部まで補完するようなミニ中国になる気がする。ただし、中国はロジックが機能するが、日本は無意識が意思決定を左右するから、変なミニ中国になるように思う。